存在もいつかは溶けてく

独断的気ままに綴る、あらしさんの話

存在もいつかは溶けてく

ファンクラブに入った頃よく聴いてた歌の歌詞で、深く考えず適当につけたブログタイトルなんだがなんてこった、びっくりした。意外と早くやってきた。

 

本当に自分の身に起こるなんて思ってなかった。

 

 

明日で丸2週間になる。レギュラー番組での報告も一巡し、何も無かったかのようないつもの日々が戻ってきている。一瞬「あれ?嘘だったんじゃないか…」って思ったりするが全然嘘じゃない。そう思って落ち込んで、また立ち直っての繰り返し。2年間は平均化のための期間。

 

 

第一報は職場の上司から聞いた。毛穴が開いて足元がふわっとするような感覚があったけれど、比較的冷静だった。衝撃には違いなかったが、正直少しだけホッとしている自分も居た。いい歳の大人だから、終わらない夢は無いとどこかで知っていたのかもしれない。

 

 

大野智はいつか芸能界を離れてしまうのではないか」は、恐らくはほとんどの嵐ファンが心の隅っこに宿してきた小さな不安の種だ。もちろん思考の入口に立つことさえ恐ろしいから、普段は都市伝説みたいな扱いにしてしまい込んでいる。

 

 

だから直後に大野さんがきっかけだと知って「やっぱりかー」と、まず思った。そうでなければいい、それは都市伝説で終わってほしいと、ずっと願ってきたけれど「だよね、そうだよね、やっぱりかー」である。不安的中、むしろ清々しいくらいの完全一致だった。

 

 

2020年をもって自分の嵐としての活動を終えたい 区切りをつけて5人それぞれの道を歩んでもいいのではないか

 

 

 

未だにこの部分を読むと思考が止まる。

いや、凍る。

 

 

 

だが同時に「一人で抜ける」 という決心ではなかったのだなと思うと、 一度凍結して縮こまった心臓が、再び温まっていく気もする。

 

 

大野 メンバー個々の思いもある

櫻井 それぞれ少しずつ異なる沢山の想いを

相葉 気持ちの整理をつけるのに時間がかかった

 

 

読み返してみれば当たり前のことだ。5人で嵐といえど、思い描く形には一人一人様々な模様がある。 話し合いの中でその詳細をつまびらかにしていく作業は、 とても勇気の要ることでもあっただろう。 貴重な時間を割いてくれたこと、きちんと向き合って整理をつけてくれたこと。ともに有難うとしかいえない。

 

発表と同じ日に行われた記者会見。

 

少しくらいは過去を否定して恨んだり、 最悪の場合「大野さんはグル―プに縛られていたのかもしれない」 などと疑ったりするのかしらと気持ちを流れに任せてみたが、 そういうマイナスな気持ちには一切ならなかった。私の場合4年足らずという短い期間ではあるが、これまでの思い出どれをとっても自分にとって嘘は無かったし、彼はこの20年を、絶対に後悔などしていないと確信できた。そう思い込もうとしているのではなく、そうとしか思えないぐらいの確かさで伝わってきた。

 

 

「緊張していた」 という大野さん。その前のFC向け動画ではややこわばった顔つきに見えたものの、晴れやかでさっぱりとしたお顔に私には見えた。とても無垢なその表情を見ながら、なんてかわいいんだろうとこんな時でさえ思った。大好きが爆発しそうだった。

 

 

ラジオの一人喋りともまた違う「受け応えをする大野さん」も私には新鮮だった。バラエティや囲みの取材などと違って笑いを取る必要も無い。聞かれたことに訥々と答えているその様は驚くほど普通の人で、初めて見る姿のように思えた。

 

 

勝手にすごく救われたのは「疲れた…という事ではない」というくだり。休止期間中のことは何も決まっていないというその口振りは、まるで「休んでみたらどういう気持ちになるかわからないから実際にやって確かめてみる」みたいに軽やかなテンションに聞こえた。やっぱりかわいかった。なんでもやってみないと感想が言えない人だもんね、おおのさん。見たことないよな姿の中に、私の知ってるいつもの彼もいた。とめどなく泣いた。

 

 

「10周年以降ずっとフワフワしている 地に足が着いてる感じがしない」と、よくインタビューで言っているが、おこがましくもほんの少しだけ、わかる気がした。内包する精神性も含めて、嵐は本当に大きな存在になっていった、ファンをやっていてもちょっと怖いくらいに。大野さんがよく使う「なんだかもうよくわからない」という感覚は、私のような平民はすごくわかる。

 

 

当事者にも関わらず、いつまで経ってもそこから抜け出てくれないのが大野智という人だ。20年超もやってきて、芸能人様という職業に、もう少し慣れてくれてもいいのに。自分がどれだけ芸能の神様に愛されてるか知ってくれてもいいのにと、ほぞを噛む。一方でその才能に少しでも頓着する人ならきっとここまで好きじゃない。めちゃくちゃ矛盾してるけど、この猛烈なジレンマにさえ首ったけなのだ。

 

 

少し話がズレるけど、今回のことで思い出したのが2017年に翔くんが演ったドラマ「先に生まれただけの僕」だ。7話だったか…教え子がひと回り年上のバイト先の店長を好きになってしまい卒業後すぐに結婚したいと宣言して騒動になるというエピソードがあった。女子高生にはシングルマザーでキャリア官僚の母親がいて、親と教師は成績優秀な彼女に大学進学を勧めるが、交際している男性の真剣な気持ちにも触れ故に説得しきれない、という内容だった。

 

 

細々した部分は省くが、結末としてこの女子高生は進学を選ぶ。もちろん店長との交際も続けたまま、何よりも叶えたい家庭を持つという夢をいわば一旦「塩漬け」にしたわけだ。反対する周りの人達は敵じゃない、自分を愛してくれるかけがえのない存在なんだと理解し、それに応えるように可能な限りの自分を差し出す、といった描き方で心に残った。と同時に、不安定な心を持つ子供という存在に対し、気持ちを尊重しつつ、先々どう転んでもいいように道筋を整えてやる大人の愛情の示し方みたいなものが見えて、ハッとさせられたのをとてもよく覚えている。

 

 

似てるな、と思った。

 

 

直ぐに結論を出さないこと、AかBかでパックリ割れるような選択ではなく、緩やかな変化として一定の方向へ導いていこうとする議論。優しさを持って思いをシェアし各々が譲り合うことの美しさ。会見で語られたことは、あのドラマで見た光景と同じだったのだ。

 

 

「活動をたたみたい」と大野さんが言ったことで車輪は回り出した訳だが、極端にスピードを上げたり直角に曲がったりする必要は無い。真っ直ぐ転がるか蛇行するか、どんな軌道を描いてもいいように、関係者がそれぞれの業務を支えるのに必要な時間と、我々ファンが出来るだけ失望しないような配慮。ファンクラブ会員全員を来場させたいと組んだツアー日程。どれだけの思考を巡らした末の準備なのかと。これは平たく言って奇跡に近い。

 

 

誤魔化しではない、その場しのぎでもない、考えに考え細かな修正を施し、その結果として「緩やかな着地」ができる。嵐ってそういう人達だと思う。大野さんに考える時間が与えられてよかった。決めたらなかなか考えが変わらない人だけど、それでも離れてみて初めて思えることもきっとある。穏やかに暮らしたのち自然な気持ちで「嵐に戻りたい」と思ってくれたらこんなに嬉しいことはないし、仮にもし他にやりたいことがあるのなら、その年月で「両立する」という器用さも身につくかもしれない。先はわからない、でもあらゆる選択肢を残しておくことが先々きっと豊かさに繋がる、そんなふうに思う。全力でまとめあげてくれた聡明な櫻井さんに、何を言っても足りないほど感謝している。

 

 

半月が経った。大野さんも含め、2年後メンバーひとりひとりに何が待っているのか、それも少しだけど楽しみになってきた。

 

 

より良い未来のために何よりも今を大切にしてきた人達だ。納得に至った彼らのいまの気持ちは、もう私達のずっと先を行ってると思う。せめて駆け抜けようと思う。

 

 

寂しがるのは2年後いくらでも出来る。

私も、明日を迎えに行こう。

 

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